村上春樹が嫌い

 『ノルウェイの森』の春の熊がどうしたとかいう噴飯物のくだりを読んでから、人はこんなもんよく読めるなあとずっと思ってきた。今でもそう思っている。もったいぶって何か言ってるようで実は何も言っていない(例のイスラエルのスピーチでもそうだった)、なんでこんなものをイラつかずに読めるんだろう?
 最初に勤めてた会社を辞めた日、一年先輩の男性社員が、自分が今までで一番感動した本だ、きみにこれをあげよう、と言って、ハルキの昔の本をくれた。『羊をめぐる冒険』だったかと記憶していたが、今アマゾンで見てみたらこれではなかった。もしかしたらその人と少しハルキの話でもして、自分が今までで一番感動した本は『羊をめぐる冒険』だ、とか言ったのかもしれない。とにかくその人はハルキの本を一冊くれて、私はうーん困ったなあと思ったが、私、村上春樹が嫌いなんです、と言うわけにもいかず、有り難くいただいた。彼はハルキを愛するがゆえ、いつも会社の机にハルキの本を常備していて、まあそれをたまたまくれたのであって、わざわざ私のために買ってくれたわけではないことは救いだった。
 ある大学院生は、僕は村上春樹の本からいいなと思った言葉を書き留めているんですよ、いつでも見られるように、ほら、と言って手帳を開いて見せてくれたことがある。小さい字で、びっしり何だかタワゴトが書き込んであった。どう反応していいかわからず、まあ嘘はいかんと思って、私、村上春樹は嫌いで、と言うと、花猫さんは村上春樹をちゃんと読んだことがないでしょ!と言う。まあ、嫌いだから読んでないのは確かである。「だから村上春樹を理解してないんです!ちゃんと読んでくださいよ、本当にすばらしいんですから!」
 まあ、私が村上春樹を理解してないのは確かで、というか、なんでそれほど人気があるかを理解してないのは確かで、どうしてこんなに人気があるのかを知りたいというのは長年のテーマではある。日本のマザコン文化の中でしか通用しない、と思ってたら世界での評価は高まるばかりだし、新刊が出ればこの騒ぎだし、このぶんではノーベル賞も本当に取ってしまいそうだ。私なりにいろいろ考え続けてきて、こうだろうああだろうと理由をつけてはいるけれど、それでもやっぱり腹の底からは納得できずにいる。
 *****
 村上春樹が好きという人には傾向がある。男でいえば、自己愛的傾向が強い人。ナルシシズムが強い人。男性の中のそういう部分をハルキ本はとっても優しく刺激してくれるようだ。優しく見えるが(そして実際優しいけれど)実はプライドが物凄く高い人。そして、カッコつけ。スタイルにこだわる人。必ずしもルックスがかっこいい人というわけではない。かくある自分を認識せずに幻想的なかくあるべき自分を夢見てる場合も多い。知性にはあまり関係ないかもしれない(かなり知的な人から馬鹿までいる)が、少なくとも自分が知的であるというスタイルにはかなりこだわっている。そして、ハルキ本の中の、もったいぶった無駄なエロシーンの多さでもわかるように、スケベなくせにカッコをつけたい、要するに「むっつりスケベ」も多いと私は見ている。
 女の人でいえばどうだろう。私の周りには男性の春樹ファンはたくさんいるけれども、女性のファンは一人もいないので実感としてはわからないのだが、ずいぶん前のアエラの記事がリーズナブルに思えた。結婚詐欺師にカモになる女性のタイプについて聞いたところ、村上春樹好きの女、と言っていたのだ。理由は、恋愛に非現実を求めているから、だそうだ。なるほどねえ。