山谷ブルースといえば

 この間、情熱大陸岡林信康の特集をしていた。今は何のこだわりもなく『山谷ブルース』のような昔の曲も演奏するらしい。誰もが通る道だよなあ、と思う。洋の東西を問わず。比べていいのかどうかわからんがデビッド・ボウイだって長い間昔のヒット曲は演奏しなかったが、ある時に吹っ切れたように昔の曲のオンパレードをやり始めた。そのほうが客だって喜んでくれるのだし、過去の遺産はなんだかんだ言って貴重だし、お歳を召されたらそうなって当然だろう。解散して久しいビッグなバンドが50代ぐらいになって再結成したりするのも同じだろう(生活に困って、という理由もあるかもしれないが)。しかし岡林がお手本にしたであろうボブ・ディランはどうなんだろう。『風に吹かれて』を歌ったりしてるのかな。何だかそれはありそうにないけど…。ものすごくひねくれてるから逆に普通に歌ってたりして。ぜんぜん原形をとどめてない歌い方で。
 昔、京都のアザーサイドというライブハウスに出ていたことがあり、同じくそこで歌っていた平賀さんという人と知り合いになった(天城の平賀という名前で出ていた)。レナード・コーエン好きの団塊オヤジである平賀さんは、山谷ブルースはオレが作ったんやでー、と言っていた。またおっさんが世迷い言を、と聞き流していたが、いろいろ話を聞いていると、どうも本当らしかった。神学部で同級生だった岡林と二人で山谷に行き(そういう時代だった)、そこで作った詩が元になり、岡林が作詞と作曲をしてできたものだったそうだ。平賀さんはまた、京都の拾得というライブハウスを店主のテリーさん達と一緒に「作った」人でもある(文字通り、あのお店は手作りなのです)。その当時の写真をお店で見せてもらったことがあるが、内装のまだできていない店内で、十数人(ぐらいだったと思う)の若い仲間が写っていた。平賀さんは甘いマスクの男前で、さぞもてただろうなと思った。
 平賀さんは今でもあちこちで、ギターやバイオリンを持って歌っているとのこと。