キム・ギドクの『弓』:でた!オヤジファンタジー

 いつかは見なければと思いながら、きっとマッチョでしんどいぞ〜、見たら嫌〜な気分になるぞ〜、と思って敬遠していたキム・ギドク作品。私としてはラース・フォン・トリアーと似たイメージを持っていた。アート性は高いけど痛々しくてえぐい、みたいな。
 キム・ギドクは韓国の谷崎だ、と言っていた人がいたけど、確かにこれは『痴人の愛』みたいだったなあ。映画開始5分で「あ、これはおっさんのファンタジー」と確信し、男を誘惑しまくる少女にイライラして早送りしながら見てしまった。『痴人の愛』にも似てるけど、私としては『アルプスの少女ハイジ』だといいたい。3歳児レベルの知能のハイジと誰も邪魔をしない山の中で暮らすおんじ(宮崎監督が究極のロリコンとすれば、ここで監督の目はおんじでしょう、やっぱり)。成長したハイジはビッチになり山に観光に来る男たちに次々と色目を使い…てな感じのお話(なのか?)。
 でもラスト近くの問題のシーンは否定的に見ていた私でさえ「おおっ!」と思ってしまったし、鮮烈だしイヤラしいし、なるほどこれはなかなかすごいのう、と思った。まあ、究極のオヤジファンタジーというかね…。しかしこれは、合成でなければ、相当危険な撮影ですよ。もし弓を射る場所が少しでもずれたら…と思うと女優さん命がけですよ。
 予想通り芸術性は物凄く高い。画面は絵画的でとても美しいし、詩的。韓国はあれだけ通俗的ドラマが発展してるけど、実はファインアートへの指向がとても強い部分がある。日本は徹底的に大衆芸能の国だけど(大衆芸能が結果的に芸術になっている)、韓国では芸術はすごく崇高な世界を目指すものという感覚がどうもあるようだ。私もよくわからないのだけど、所々にそういうのを感じる。もちろん文字通りのファインアートの世界はあるのだろうけど、例えば通俗的ドラマの中のセリフなんかにも時々はっとするような比喩が使われたりして、驚くことがある。
 物語はシンプルで難解なところはひとつもないけれど、象徴は満載。弓はぶっちゃけ、男(根?)の象徴。船の上で弓なんて不自然すぎて強引だけど、そんな野暮なこと言ってたらファンタジーは成り立たない。あんな商売のやり方してたらとっくに警察に通報されてじいさんタイホされてるよ、とか、突っ込みどころ満載だけど、一番突っ込みたいところは、船上生活10年もしててあんな色白の美少女がいるわけないってことだよね。海の上がどんなにギラギラ日差しが強いかわかってんのか?といいたい。もしあんな状況があるとすれば、少女は黒々と灼けた猿のような野生児のはずですよ。
 キム・ギドクは一貫して低予算、短時間で映画を作り上げる人らしい。発想一発、ファンタジー一発でささっと作り上げた小咄。そんな感じでした。映画ってこれくらい個人的でいいのかもしれない。