くいもののうらみ

 何年も前のこと、前から見たかったDVDを見せてくれるというので友達の家にお邪魔したことがあった。おみやげに、雑誌に載っていたケーキ屋のロールケーキを買って持っていった。純正生クリームを使った、手作りのロールケーキ。無職で極貧暮らしをしていた私にはかなり高い買い物だったけど(堂島ロールよりは高かった)そのDVDは友達のお姉さんのものだったので、お姉さんへのお礼も含めて、友達と一緒にケーキ食べながら見ようと思って買ったのだった。これだけあったら3人いてもたっぷり食べられるし〜と楽しい気分で持っていった。普段は食事も切りつめて出費を抑えている私だけど、今日はたっぷりケーキが食べられる、嬉しいな、などと思いつつ。
 友達は喜んでくれて、じゃあ切り分けるね、とケーキを台所に持っていった。そして出てきたロールケーキは、うす〜くうす〜く薄切りにしたものが2切れ。友達の分も同じ量。ええっ、と思う私。これだけ? ケーキはあんなに大きかったのに、これだけ? いやきっと、あとでまた新しいのを切り分けてくれるつもりなのだ、と自分に言い聞かせた。
 ちょっと待ってね、姉にも持っていってくる、と友達。お姉さんは自室にいた。もちろん、お姉さんにもあげてほしい。そのつもりで持っていったし。ちらっと見ると、お姉さんに持っていく分は、どーんと切り分けた「1切れ」のケーキだった。私に切り分けてくれた2切れを合わせた分よりも、ずっと分厚い。ちょっと不安になった。いや、ケーキはあと半分ぐらいは残っているのでは? きっとあとで切り分けて2人で食べるのだ。そう思って何も言わなかった。
 しかし、薄い2切れのケーキを(あっという間に)食べ終わっても、友達は「おかわり」をしようというそぶりは全く見せなかった。私も何だかいやしい気がして「もっと食べようよ」とも言い出せず、しかし心中では気になって仕方がなく、迷った末、まだあるよね?と、ほのめかすように聞いてみた。友達の返事に私は衝撃を受けたね。
「お父さんとお母さんの分置いておくから」
 友達はお姉さんと2人暮らしのはずだった。ご両親とは会ったこともない。たぶん、翌日か何かにご両親が訪ねてくるのだろう。友達は家族仲がいい。しかし私はお姉さんの分は想定していたが、友達の両親の分まで持っていった覚えはない。しかも、全員が同じ量で切り分けられていたならまだしも、明らかに私に切り分けられた量は「薄い」のだった。わざわざ(薄いけど)2切れにしたのは、その薄さをごまかすためだったのか? そりゃねえだろう…。
 しかし、しかし、その時私は何も言い出せなかった。「せこい」気がしたのだ。対して友達は「家族思い」の体であって、非難されるような理屈はない。非難されたら、非難したほうが不寛容だという図式になってしまう(気がした)。言い出せない。言い出せるわけがない。
 あれから何年も経ったけど、あの時の気持ちはいまだに忘れられないなあ。家族主義に疑問を持っていることもあり、ああこれこそが美しく幸せな家族というものかあ、という感慨だけが残った。あのケーキをもう一度買って一人で思う存分食ってやろうかとも思ったが、馬鹿馬鹿しいのとお金がもったいないのでやめた。
 ロールケーキを見るたび、このことを思い出すんだよねえ…。ええ、せこいのはわかっていますとも。