ジュリ〜

 去年の11月ですか、夜型生活だったので昼頃目が覚め、目覚ましに傍らのラジカセのスイッチを入れた。寝ぼけたままで聞くともなく聞いてたら、ラジオでおっさんが1人でぼそぼそ喋っていた。本当に「ぼそぼそ」という感じだった。寝ぼけたまま聞いていると、どうもタイガース(GSのほう)の思い出話をしているようだった。ははあこれはきっとNHK-FMでよくある、昔ちょっと有名だった人を呼んできて昔話をさせる類のぬるい番組なのだろう、きっと元タイガースの、その後あまり有名にはなっていないメンバーが昔を語る番組なのに違いないと思い、そのまま寝ながら聞いていた。が、どうもそのおっさんの話を聞き進めつつ、話に出てくる登場人物をどけていくと、消去法で残るのはジュリーなのだった。おっさんは、ジュリーだった。

 それは「今日は一日ジュリー三昧」とかいう物凄い企画番組で、生放送で12時間、ぶっ通しで沢田研二がしゃべりまくり、自分で選曲した曲をかけまくる、というものだった。根性のある人だとは思ってたけど、60歳の体にむち打ってすげーなあと思いながらコーヒーを入れて続きを聞いていたが、これが思っていたよりずっと面白く、ラジオの前を離れられなくなった。基本的に昔の思い出話というか裏話が中心で、ほぼ時代順に自分の曲をかけていくのだが、60〜70年代の歌謡曲好きにはたまらん話満載だった。今でも全部録音しておけばよかったと後悔している。

 たとえば、「サムライ」は大野克夫の作曲だが、あの人はもう、やりにくい曲作ってね〜、あの曲の歌い出しがどれだけ難しいか!ダダダダダダ、片手に〜、ですよ、あんなに歌い出しにくい曲はないんですから!、といった愚痴であるとか、あの物議を醸したコスチュームはどれだけ安直に考え出されたものだったか、とか、なぜ井上堯之バンドなどというスタイルにこだわったかというのもよくわかったし、もう、あんな話聞ける機会はことは二度とないだろうと思うと、もったいないことである。

 なんでそんなことを思い出したかというと、さっきまでyoutubeで70年代歌謡曲ナイトをやって遊んでいたから。由起さおりの『手紙』は男尊女卑的だがいい曲だ、とか、昔の境正章は本当に明石屋さんまにそっくりだ、とか思いながら。

 沢田研二 サムライ(畳ver)
 畳もすごいけど、ジュリーの迫力がすごい。しかしこれは、今見るとちょっとセクシーすぎるというか、若いジュリーの女顔と相まって、なんか、やらしい。今のジャ○ーズの人たちもある意味やらしいけど(西洋から来た方々は、日本ではあんなに少年たちが肌を露出していて大丈夫なのか、と驚くらしい)なんかもっと、淫蕩というかね。エロいというよりは、やらしい。この放送のその後の部分和田アキ子の反応を見ると、当時でも大人にはそう感じられたんだろう。しかしこれが生放送一発撮りというのは本当に…当時の歌謡曲には力があったんだなあと思うね。

 上記のラジオ番組を聞いてたら、ジュリーが決して当時のアピアランスのような退廃趣味の持ち主ではないことはわかるし、阿久悠の世界観もあまり好きではなかったようだ。こんなことも言ってたな。『時の過ぎゆくままに』は最初ぜんぜんいい曲とは思えなかったのだけど、この曲が挿入歌だったドラマで共演した篠ひろこが、この曲いいわぁ、私、大好き、みたいなことを言ったので、ああそうなのか、いい曲なのかあ、と思ったんだとか。こんないい曲を…。

 時の過ぎ行くままに(ドラマのバージョン)
今は『悪魔のようなあいつ』もDVDになってるんですね。久世光彦の伝説のドラマ。見たい!ていうか、DVDほしい!

 おまけ